石鍋片に文字 南西諸島で4例目/喜界・城久遺跡群
石鍋片に文字 南西諸島で4例目/喜界・城久遺跡群
(2008 11/20 07:13)
石鍋片に彫られた「大」の文字。太さ、深さともに1ミリほど 喜界町の城久(ぐすく)遺跡群にある大(おお)ウフ遺跡から出土した11世紀後半−12世紀前半の滑石(かっせき)製石鍋片に、「大」とみられる文字が刻まれていることが分かった。同時期の文字資料としては南西諸島で4例目で同町では初めて。同町教育委員会は22日午後2時から現地説明会を行う。
文字は、長崎産の滑石製石鍋片(最大部分で縦8センチ、横8センチ)の口縁部に刻まれ、縦2センチ、横2.2センチ。3本の線の刻まれた順番が「大」の書き順と同じであることから、文字と判断した。
南西諸島では瀬戸内町、龍郷町、沖縄県浦添市で、いずれもカムィヤキに刻まれた「天」や「夫」の文字が見つかっている。
ラ・サール高校の永山修一教諭(文献史学)は「県本土では10世紀の遺跡から『大』のほか『千』『万』『富』など“めでたい”意味の文字が書かれた土器が多数出ている。喜界島で彫られたとしたら、当時文字を理解する人がいた証しであり、10世紀末に大宰府の出先機関だったとの説のあるこの島がどう変化したかを知る資料になる」としている。
同遺跡群は古代から中世の大規模集落跡。喜界島中央部の高台に広がり、大ウフなど8遺跡からなる。約300棟の建物跡や約40基の墓のほか、九州本土や南西諸島との交流を物語る陶磁器などが多数出土している。
(2008 11/20 07:13)
石鍋片に彫られた「大」の文字。太さ、深さともに1ミリほど 喜界町の城久(ぐすく)遺跡群にある大(おお)ウフ遺跡から出土した11世紀後半−12世紀前半の滑石(かっせき)製石鍋片に、「大」とみられる文字が刻まれていることが分かった。同時期の文字資料としては南西諸島で4例目で同町では初めて。同町教育委員会は22日午後2時から現地説明会を行う。
文字は、長崎産の滑石製石鍋片(最大部分で縦8センチ、横8センチ)の口縁部に刻まれ、縦2センチ、横2.2センチ。3本の線の刻まれた順番が「大」の書き順と同じであることから、文字と判断した。
南西諸島では瀬戸内町、龍郷町、沖縄県浦添市で、いずれもカムィヤキに刻まれた「天」や「夫」の文字が見つかっている。
ラ・サール高校の永山修一教諭(文献史学)は「県本土では10世紀の遺跡から『大』のほか『千』『万』『富』など“めでたい”意味の文字が書かれた土器が多数出ている。喜界島で彫られたとしたら、当時文字を理解する人がいた証しであり、10世紀末に大宰府の出先機関だったとの説のあるこの島がどう変化したかを知る資料になる」としている。
同遺跡群は古代から中世の大規模集落跡。喜界島中央部の高台に広がり、大ウフなど8遺跡からなる。約300棟の建物跡や約40基の墓のほか、九州本土や南西諸島との交流を物語る陶磁器などが多数出土している。






















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